白玉庵のいちにち

表千家茶道教室

「還暦の鯉」という詩。

この秋、朝日新聞に発表した「還暦の鯉」という詩をこのブログでも紹介させていただきます。
(2011年10月18日/火曜日/夕刊)↓たてがき


還暦の鯉      
           山本かずこ

還暦の鯉をよんでいると
さかなのにおいがしてきた。
ずっと前、
新聞の薔薇の花をみていると
薔薇のかおりがしてきたことがあったが、
きょうのは
還暦の鯉だった。
生きているとおもった。
生きているさかなのにおいだ。
釣り糸の先で
逃げたくて、はねている。
そのはねた水がわたしの顔にとびちっている。
「さわってみいや」
父が言った。
「こわいき、いやや」
とわたしが言った。
五歳だった。
父は、
還暦の鯉に同情はないだろう。
父が死んだのは、五十六歳だった。
わたしは、
「還暦」という言葉の釣り針にまずひっかかり、
いまは、水中にて、もがいているところか。
やがて、浮上する、そのしばらくのあいだ。


        註「還暦の鯉」井伏鱒二の随筆


*新聞掲載時には、紙面の都合で一行を17字におさめるというきまりがありましたが、いつか詩集にまとめるときには、上の字数にしたいと思います。
たくさんの人から「読みましたよ」という電話やメールをいただきました。ほとんどが詩を書いていない友人知人からのものでした。新聞に発表することの反響の大きさを思いました。
*先日、親しい人たちの忘年会でこの詩をファイルにして持ってきてくださった方がいました。その方は東京出身の方なので「方言」がうらやましいとおっしゃっていました。「『こわいき、いやや』というアクセントはどんな感じなの?聞かせてほしいとおもって持ってきたの」と。
十数人の方たちの前で思いがけず朗読させていただくことになりました。すると、別の方から「朗読を聞いていて、薔薇の花の香りがしてきたし、さかなのにおいがしてきた」と言われました。
ちょっと、うれしいひとときでした。