白玉庵のいちにち

表千家茶道教室

「いちどにどこにでも」


いちどにどこにでも    山本かずこ


(西の国で何か        
 不吉なことがおこっているのだよ)*

わたしはそのとき、東の国で生きていたのか
ええ、でも 同時に
西の国にも生きていたのだ
森のなかを遊び場にして
わたしは
いちどにどこにでもいることができる
(生きてさえいれば
   また会えるから)
優しい まさちゃんの言葉だから
その日うなずきながら受け入れることができたのか
しかし、
いまなら、
だれの言葉でも受け入れられる
うなずかなくても
声があらゆるところから
わたしを探しあててやってくる
ときには矢のような素早さで
「生きろ!」
とわたしは昔言われたことがあった
「子どもの親は生き続けなければいけない」
いつか子どもが必要とするときが来るから
そして、わたしは生きて
あなたは死んだ
その日、
あなたはわたしを道連れにはしなかった
ジャカルタのレッドホテルで
あなたは迷っていた
日本を離れて
こんなところにいたのか
二十数年ぶりだネ
懐かしさに あなたはわたしを誘ったのだろう
しかし 
あなたは 子どもの親でもあった
「わたしは行くが
  きみは、とどまってほしい」と
わたしは 
その間、バスタブをみつめていた

(北の国で何か
 不吉なことがおこっているのだよ)
 
あなたは そのとき
東京ですでに死んでいたのだ
バスタブのなかで
熱のある身体で
わたしも迷っていた
バスタブに入るか入るまいか
あなたの迷いと
わたしの迷いは
一瞬交差し 決着がついた
だから わたしは
誘惑する
バスタブの 栓を一気に引き抜くことをしたのだろう
そのとき
わたしはあなたから
バトンタッチされたのだ
親権を
嫁ぐ子どもの親として
「生きろ!」
という言葉が
海をわたり 森を突き抜け
わたしを探しあてて 終わらない


宮崎駿監督『もののけ姫』のなかの言葉

詩集『いちどにどこにでも』(ミッドナイト・プレス刊)