白玉庵のいちにち

表千家茶道教室

ヴェルレーヌの余白に

ヴェルレーヌの余白に  辻征夫

  今宵なほ、わが衣、あげて移り香を籠めてぞくれゆれ……
  吸ひ給へ、いざわが身より、芳はしき花の想ひ出。
              「サァヂの薔薇」(齊藤磯雄訳)

きのふひとり
けふひとりともを
うしなひぬ。
はなびらにまで
微小な棘あるわが庭の
薔薇のひとえだ
ひきちぎり、かなしみて
きみがみむねにささげなば
きみはほほえみて白き手をのべ
ともに傷つかむといふにあらずや。
そのひとことにこころ洗はれ
われはよみがへりぬと
叫ばむとして目覚めれば
おぐらき庭のかたすみに
襤褸(らんる)のごとく
われは吐瀉物にまみれて凍へておりぬ。
吸ひたまへ、いざわが身より
忌まはしき、酔漢のおもひで。

  

 きょうは、辻征夫(つじ ゆきお)さんの命日です。二〇〇〇年一月十四日。享年六十歳でした。
 亡くなって十年が経って、辻さんを偲ぶ会が浅草のホテルで開かれましたが、わたしは、お別れしたのがついきのうのように、涙が流れてしかたがありませんでした。
 わたしの目を通して辻さんは、集まられたみなさんにあらためてご挨拶をされていたのでした。もっと、たくさん仕事がしたかった。辻さんは、そう思われていたのでした。
 この「ヴェルレーヌの余白に」という詩は、一九九〇年九月十日に出された詩集のなかに収録されたタイトルポエムです。(思潮社刊)