黒田正玄十三代目のお話のなかでいちばん印象深いものは、黒田家の系譜である。
なかでも十代目のお話は、なまなましいものであった。あまりになまなましいので、そんなことこんなとこで話してくださっていいのだろうかとおもった。しかし、十三代目は淡々と話されるのである。もう、過ぎたことだから、いいのか。それとも、どうしても話しておかなければ、という気持ちが強いのか。まるで、「これだけは話してくれ」と十代目から託されているのか、とおもったくらいである。
九代目正玄は二十三歳で夭折された。すべての悲劇はここからはじまる。
十代目正玄(文政八年/一八二五年生まれ)は実は八代目正玄の一番弟子であった。九代目急逝のため、急遽、婿に迎えられたのだが、そのとき、すでに妻も子もあった。その妻と子を捨てて、黒田家を継いでくれないかと、病に伏した八代目から懇願された。いったいどうすればいいのか。結局、十代目は妻子を捨てて、黒田家に入る。十代目は酒を飲まずにはいられなかったのだろう。酒に溺れた(という言い方はされなかったが、酒にすがったにちがいない)。
なんてこと、させるんだ、とわたしはその場で八代目をきらいになった。
いまは、もっと冷静になったが、飲んだくれるしかなかった十代目の気持ちを、「書き残してくれ」と十代目から言われもしないのに、書き留めておきたいと、夏のはじめからずっとおもっていた。やっと、書けたけど、なんだか黒田正玄十三代目から「そのような話をした覚えはございません」とお叱りを受けそうな気もする。そう言われれば、そうでしょう。まさかあの席でお話しするはずもない話題だとおもえてくる。